去る1月21日土曜日、恒例のイベントが今年もまた横浜市開港記念会館で開催された。

午前の部の対象は、太陽光発電の設置を考えている人や関心のある人である。今年、開催直前、神奈川県の「かながわソーラーバンクシステム」の事業を担う「かながわソーラーセンター」と共催の形になり、さまざまな分野で広報された。そのためか、前日は3センチの初雪を観測した横浜地方、冷たい雨の中にもかかわらず、9時半ごろから参加者が見え始め。当初予想の30名を大幅に上回る41名を数えた。用意した50部の資料が関係者にも配るとほぼ出尽くした。

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会は、佐藤次雄世話人が司会進行を務めた。内容は3部構成で

1)「かながわスマートエネルギー構想」について、横谷代表の説明。
2)太陽光発電システム設置の留意点などを、古峰世話人の説明
3)わが家の発電実績について、田辺世話人の説明

それぞれ説明があった。そのあと当初の計画ではグループに分かれて、質問やデスカッションを展開する計画であったが、時間が押しており断念して一括で進行する形となった。単なるわからないことの質問のみならず、自分の体験やアイデアの披露もあり、一味違った説明・相談会となった。

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午後の部、フォーラムでは会員からの出席連絡は38名、出席簿によると、内12人が欠席していた。悪天候のためか。当日の参加者23名を加え、更に記入漏れが6名、があった、会場の座席はほとんど満席の状況であった。70部用意した資料が、これまた2部を残すだけだった。


先ず、基調講演として、黒川浩助 東京工業大学特任教授(ソリューション研究所(AES国際研究センター)、東京農工大学名誉教授が「太陽エネルギーの価値を考える」―21世紀のエネルギー選択への提言―と題して多岐にわたるグローバルなお話をされた。

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初めには、地球の(エネルギーの)包容力と、エネルギーのペーバックタイムについて。住宅用の太陽光発電システムについて、価格の推移、どのくらいのポテンシャルがあるかなど。メガソーラーの設置の現状。今後のスマートコミニュティ―の流れ。未来予測のPV2030+のシナリオについて。PVのコスト、見なおされる原発のコスト。最後に2050年には世界のエネルギー需要の77%は供給できる、というIPCCの報告の紹介で締めくくった。


講演2は、神奈川県農政局 新エネルギー・温暖化対策部 太陽光発電推進課長山口健太郎氏による「かながわスマートエネルギー構想」についてのお話で、3つに分けられていた。
1)日本のエネルギー供給構造と東日本大震災について
2)かながわスマートエネルギー構想の提唱
3)かながわスマートエネルギー構想の推進―「創エネ」「省エネ」「畜エネ」の取り組み―
これらについて順を追って説明。後半は、神奈川の電力需要について、かながわスマートエネルギー構想の詳しい話。県内の新エネルギー導入状況。県内の太陽光発電普及状況等について、具体的な数値を示しての説明があった。


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会員の事例報告では、
「発電量低下によるパネル交換について」、須藤貞夫氏からの報告、データを持って再三メーカーと交渉。シャープのパネル24枚中23枚を交換した。最初、接続箱でのアナライザー検査では特に異常はないと言われたが、設置当初からの毎月の発電量を示して、このところ急な低下であると説明、ついに交換となった。このことから、発電量記録、PV健康診断が大切であることを強調された。またメーカーなどに何月何日何時ごろ電話をしたことまで、記録しておくとよいとのアドバイスもあった。


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二人目に藤本健氏が、隣の建造物による陰の影響について、報告があった。最近になって、特に予告もなく、隣の家のところに大手広域無線LANサービスの会社がアンテナを立ててしまった。


約15メートルで、わが家の屋根をはるかに超えている。パンフレットを見ても会社の連絡先も何もない。たまたま工事の人を見かけたので聞いてみると、孫請けの会社で話にならない。なんとか尋ね当てて、陰がかかり発電に影響があるというと、詳しい計測図を持ってきて、たいして影響はないという。太陽光発電の知識がないのか。そんなことはない影響があるというと、ガラッと変わり保証の話をしてきて、現在協議中とのこと。


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最後に会員へのアンケート結果について報告があった。一つはPVのトラブルについて、パワコン、パネルの交換や、設置年数。二つ目は、計画停電時に自立運転をしてみたか、どんな様子かなどの調査について、パワーポイントのスライドで報告であった。詳しい報告は後日会報に載せたいとのことだ。

なんとか16時半の予定時刻に終了することができた。

片つけを終わって17時過ぎからすぐ近くの「道」という料理屋で懇親会を行った。みな「まあ予想よりよかったね」と言っていた。19時20分お開きとなった。参加者は9人であった。 横谷 記